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現代には多くの小説作品がある。
具沢山のお味噌汁のように、滋養と満腹感をもたらす作品。
シチューように、あったかさと満足感を得られる作品。
炭酸のように刺激的な作品。
炭酸にも、無味の天然ソーダや、ペプシコーラや、キリンレモンがあるように、刺激的な作品も、その刺激の提供方法はさまざまあり。
それ以外にも、ジャスミンティのように心地よいかおりとやすらぎを提供してくれる作品、野菜ジュースのように日常不足しがちなビタミンを補ってくれる作品、ミックスジュースのように含まれるものの個性を絡ませ独特の甘さを作り上げた作品、カフェオレのように苦味と優しさを併せ持った作品など。
また、酔わせる作品も数多く。ビールのように手軽で飲みやすい作品、テキーラのように強烈で濃度の高い作品、ウイスキーのように芳香豊かな作品と、一度味わうと逃れられない中毒性のあるものも。
「これが最高」そういうものがあったとしても、「それ」だけあればいいというわけではなく。
それぞれに適切な状況、役割、求められる理由。
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では、辻作品がどんなものなのかと、じっくり考えてみた。
深い森の奥に、屋敷ほどの大きな大きな球状のガラスのビーカーがあり、そこへ二℃から三℃の蒸留水を満たし、そこへ一般的には存在さえ知られていない香草や、薬草や、花を入れて蓋をし真空状態をつくる。その球体全体を一日に数ミリずつゆっくり回転させて、長い時間の果てにその中に沈んでいるものたちの性質を移しこんだ水、そんな水のようだ。
それはもちろん、そのものではなく。
加熱により強制的に抽出したものでもなく。
ただ、それらの、生来持っている神秘性を写しとった、水。
透明であっても光に透かすと粒子が拡散してきらめく。
口に含んだとしても、読み手の意識と含まれる波長が合致しなければ、「ただの水」として違和感なく飲み下される。
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沈められるものは、作品により緻密に計算されている。
この不可思議な水に浸り続けると、いつしか自分もビーカーの底に沈んでいて、水に性質を移すひとつの要素となり、酌みだされているような気分になる。
それは、これまで味わったことのない陶酔感。
その水で満たされた世界と、日常生活している世界とは、ぴたりと重なっている。
日常世界へ戻る時、抵抗は一切起きない。自分の表面を覆っていた薄い水の膜がふわりとはがれるだけ。
ただ、戻った後、自分の生活する日常が、ささやかでたくさんの光に満ちていることを感じられるようになっている。
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これまで、身体を作りエネルギーになる穀類や肉や野菜、そして嗜好を満たすための手近な菓子類ばかりを食べていた。しかも、カレーやハンバーグやショートケーキなどの「おいしい」かつ「わかりやすい」ものを。
でも今は、栄養素や、満腹感や、わかりきった甘さより、
この水の神話性を渇望している。
[補足]
もし興味をもっていただけたなら、古書店の通販や、図書館を利用されるのがよい方法かと思います。
まずは、波長の確認のため、短篇をどうぞ。
選択肢があるならば、文庫本でなく、単行本を。
せっかくの機会。間に合わせや簡略版ではなく、最高の状態を味わってほしい。
すばらしい映画を、劇場で見るか、レンタルして部屋で見るか。この違いを想像していただければ、わたしの意図が伝わるはず。
私から、辻作品未体験の方へのおすすめ本は、阿部出版編纂の短篇集「遠い園生」。
新書は絶版(在庫切れ)になっていますが、古書の入手が可能です。
amazon(売り切れていることが多いです) → 遠い園生(そのふ)
利用しやすく在庫も多い古書店サイト → 日本の古本屋(書名検索を利用ください)
購入しなくても、大きな図書館ならきっと置いてあります。
