2017年01月02日

明けましておめでとうございます

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明けましておめでとうございます。今年度も宜しくお願い申し上げます。

写真は菩提寺で初めて見た屏風の一部。その案外に凶暴そうな動物は一体・・・? 
しかもその動物をめでている二人、ものすごい楽しそう。


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2016年12月30日

今年も一年、お世話様でした

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 もう今年も終わりですね、あっという間に時間が過ぎてしまっていて、驚くばかりです。

 一昨年の12月にブログを再開してから今年の前半にかけて、必死になって、文章を書き、記事を更新しました。自分の中に残っているものを一生懸命に拾い集めたり、自分の心が動いたときに、何に反応しているかを凝視したり。

 今年に入ってから、やさしいお声がけ、励ましを継続して受け取る機会を得て、なんとか「ふつう」の状態に戻ることができました。ただ「ふつう」を継続するのに全エネルギーを使い続けているせいで、今年の後半は、文章を書くことにも本を読むことにも手が回りませんでした。一日一日を乗り切ることばかり考えていたせいか、2月から3月の出来事を、ほんの少し前のことでしかないように感じています。もう10か月も前のことだ、ということに、驚いています。

 しかし、それでいて、それより3か月だけ遡った1年前、ブログを再開するにあたっての文章を書きためていた時期のことは、随分と過去のことのように感じています。

*
 
 複数の方から、たくさん差し入れを戴きました。食べ物は摂取すると即エネルギーに変換できるので有難いです。お心遣い、ありがとうございました。


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*

 また、こちらのブログへ様子伺いに来てくださったみなさま、ありがとうございます。
 来年は、もう少し書く時間をとれるように調整していきます。書きかけになっている夏の砦の記事は、自分のためにまとめておくべきものですし、まとめることができたなら、それは「読んでもらいたいもの」にきっとなると思います。


 来年もどうぞ宜しくお願い致します。
 よいお年を。



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2016年11月11日

【北展】 H28 11/9〜11/13

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2016 第61回 公募展 [北展]


■開催日  11月9日(水)〜11月13日(日) AM10:00-PM5:00 (最終日はPM4:30迄)

■会 場  山形美術館 1F

■入場料  大人 500円 学生 400円  小中生 無料

■内 容  絵画・彫刻・工芸の展示

告知記事アップが遅れましたm(_ _)m 現在開催中です。
一足先に行って参りました。いまは中庭の紅葉もとてもきれいですよ。

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2016年09月29日

花田英三詩集

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amazon → 花田英三詩集 (日本現代詩文庫)


■ 初めて手に取り、読んだときの印象

最初の「あまだれのおとは……」は、静かな部屋で、ひとりで思索にふける中、無意識に声に出てしまったつぶやき、最初のいくつかを読んでそんな感想を抱いた。

そしてぱらぱらめくって飛び込んできた「餓鬼」の中のいくつかは、誰に向かってしゃべっているのか、やまびこをするように口元に手を当てて、大真面目な顔で言い放っているような、最初とはまったく違う雰囲気で、(しかも内容が素っ頓狂というか、自分が話しかけられているのではなくとも振り返りたくなるような言葉が並んでいて) 読みながら笑ってしまった。


■ 外に持ち出し、読んだときのこと

初めて手に取り目を通したところの、次の詩から読んだ。
それが「貝殻の歌 ― わだつみの霊にささげる歌」だった。
油断した。外出先での用事の待ち時間、涙があふれ慌てて本を閉じた。

*

しばし目に冷たいおしぼりを当てじっとしていた。手を付けていなかったコーヒーを飲み干した。
鞄から一度しまった本を取り出し、少し遠めに持って貝殻の歌をさらりと目で追い、再びうう、となってラストの部分を早送りのように読み飛ばしたのち、その後の二編を読んだら決壊した。

この詩集、外で読んではいけない。


posted by きなり at 00:39 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読んだ本

2016年09月28日

月並みな言葉

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会社の廊下ですれ違いざま、二言三言交わしたのちに言われた、「応援してるよ」という言葉。

連絡もなく届いたドライフルーツに添えられた、「お疲れ休めにどうぞ。頑張ってください」という一文。

月並みな言葉、そうかもしれない。けれど、きっと、言ってくれた・書いてくれた人が思いもしないほど強く響き、励まされた。
気にかけて、言葉をかけてもらえることの有難さを、これまで気づかずに来たのかもしれない。

*

そして今、こうして書いていて、ふと思った。
月並みな・ありきたりな言葉であっても、それを使う人が、定型句としてなんとなく口にしたのではなく、本心からそう思って、または、言葉を選んだ結果に出たその言葉だからこそ、響いてきたのではないだろうか。


****


昨日の久々の更新は、携帯電話のサイトから投稿したのですが、なぜか本文フォントがものすごく大きいですね。投稿した時は気づきませんでした。普通の体裁にしようとパソコンで記事投稿画面を見ましたが、なぜか一文毎に大量の装飾タグがついていて、削除するのも大変そうなので、触らずそのままにしておきます。

月下美人、こんなに寒いのに咲いていて、もう見る人もいない時間だったので、4つ開いたうちのひとつを部屋に持ってきました。一晩限りの贅沢。

2016年09月27日

記憶を呼び覚ますもの

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仕事の帰り道、ふと、甘く香った。

少しずつ、少しずつ、頭の奥にその匂いが染み込んでいく。そして突然、キンモクセイという、単語が浮かぶ。

ああ、そうだ、これはキンモクセイの匂いだ。

そう思った瞬間、前に長くお世話になった会社の右隣のお宅にもキンモクセイがあったこと、その匂いが届く位置に立ち、雑談をしながら出荷作業をしていたときの光景が浮かんだ。

記憶の中に留められていたその光景を見て、

ああ、懐かしいな。

素直にそう思った。

✳︎

環境が変わり、毎日あくせくしています。以前は仕事の8割をパソコンで行っていましたが、今はテンキーのみ、1日1分くらいがせいぜいで、ひたすら身体を動かす作業をしています。
ダイエットは成功!ただし未だ満身創痍な日々を送っています。

でも、元気です。昨年よりずっと。

✳︎

写真は新調したサーキュレーター。
毎日これで髪を乾かしていますが、そのさなかに寝落ちします。家のパソコンにも触れていないので、このサーキュレーターを眺めている時間が存外長い気がします。
 

posted by きなり at 01:41 | Comment(0) | TrackBack(0) | お知らせ

2016年06月08日

【北展】 H28 6/8〜6/12

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2016 第64回 会員会友展 [北展]


■開催日 6月8日(水)〜6月12日(日) AM10:00-PM5:00 (最終日はPM4:30迄)

■会 場 山形美術館 1F

■入場料 大人 500円 学生 400円 小中生 無料

■内 容 絵画・彫刻・工芸の展示


 ブログを再開したので、久々に北展の告知を・・・
 これまでずっと作品を見せてもらっていた作り手さんが引退されたことを聞いたときは、心底さみしい気持ちになりました。
 あっ!今日から日曜日までですよ。今週の予定に入れてください(^◇^)

posted by きなり at 05:36 | Comment(0) | TrackBack(0) | おもしろいものあるよ

2016年04月30日

投稿日付が過去の記事、2件アップしました(4/30)

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4/9に予告をしていた、投稿日付を操作した記事、追加で2件アップしました。

2016年03月31日 言葉を紡げることの幸せ、ということばが浮かびます
http://kinaritapisserie.seesaa.net/article/437357947.html

2016年04月29日 本「言相楽 (げんそうがく)」
http://kinaritapisserie.seesaa.net/article/437384992.html


 日付を操作して投稿する記事はこれで終わりです。

 記事の九割は、メールで送った文章の再利用でした。一度書きあがり外に出した文章を、再度推敲したり膨らませたりということを、これまでほとんどしてこなかったので、文章を磨くことの楽しさを知るいい機会になりました。

 ここからは、投稿する日付で掲載していきます。また見にきてくださると嬉しいです。

 
posted by きなり at 23:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | お知らせ

2016年04月29日

本「言相楽 (げんそうがく)」



amazon → 言相楽―電電コミュニケーションスペシャルより (The television books (Vol.1))

 本「言相楽 (げんそうがく)」を読みました。
 見開き一頁だけでも考える種をたくさんもらえる文章が詰まった本。通読するタイプの本ではなく、とびとびの時間で読むと楽しめそうな一冊。
 興味深いエピソードが満載。まだ読み終わっていませんが、気になったもののピックアップやひとこと感想を。引用はすべて「言相楽」より。


■ミラボー橋の訳詩

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 堀口大學さんと福永武彦さんの、二人の訳詩を並べて掲載してくださっている頁、これは、ほんと、すてきです。どちらも世界が完成していて、今とは時間の流れが異なっている時代の、語る詩人の思いと空気が封じ込められた一篇。
 いまの私は、福永さんの訳詩が醸す世界に魅力を感じます。CМも動画で見てみたかったなあ!

 CFコピー、「詩人は感じたことを言葉に託した。心まで伝えたい。正確に伝えたい。」の一文と、以前メールで書いていただいた、辻さんに対する見方についての表記、「辻さんは自分の考えたこと、感じたこと、自分の内面で直覚的につかんだことを自分の納得のいく形で言い表すことに意味を見い出したのでしょう。」という文章が、共振しているように感じました。



■ことばとことば マラルメ
 私は言う、花と。すると私の声があらゆる輪郭を失うあの忘却の彼方から、花が音楽のように立ちのぼる。それはあらゆる旧知の花々とはちがう何かであり、理念そのものであり、愛らしく、あらゆる花束を探してもない花である。

 この一文から、「春の戴冠」の中の「不変の桜草の姿」のことを、また「夏の砦」の冬子の最後の手紙の一節、「自分自身の本の頁に書きこまれた」・「頁の余白にかきこまれたやさしい花」の記載が絡め出されてきました。


■いろは歌

 私たちの世代では、きちんと習ってもいないのです。私はいろは歌をそらんじられませんし、歌全体の意味も初めて目にしました。
 抹香臭い歌?仏教真理を説く今様歌?はたまた暗号説まで・・・。ずいぶんミステリアスで、秘めた物語を見ることのできる歌だと知りました。でも雰囲気だけしか受け取れず。ここではその概要と魅力につき、入り口を提示しているだけなので、全体像を知りたければ一要素につき一冊は新たに本を読む必要がありそうです。


■神代文字(じんだいもじ)

 日本語の起源、神代文字(じんだいもじ)について。正確にはホツフ文字、日本に漢字が渡来する以前に日本に存在していた文字とのこと。まったく未知の話で、そこに書かれている意味がわかるまで繰り返し読みました、でもこれも、いろは歌同様、奥が深すぎて、頭がついていきません。


■闇にひとつ炬火あり・カール・クラウス − 池内紀

 「ジャーナリストに思想はない。だのに表現はできる」「ことばと本質 ― 私が人生に求めた唯一のつながり」たった四頁の紹介なのに、初めて知ったカール・クラウスという人に惹きつけられました。この方の著書は読んでみたい。


■山下洋輔・西江雅之対談 ― ことばが伝わるとき 
西江 ことばというとみんな音の穂だけ考えちゃうんですね、実際はその音は、どの方向から聞こえてきて、誰が話しているか、というようなそういう問題が全部あるんです。これは犬も猫も共通している。じゃ、どこが違うかというと、犬だったら喜びを伝える場合でも、クンクンとかキャンキャンとか声だけのコミュニケーションじゃない。対象との距離から、体毛から、目つきから、シッポから、かっこうまで全部喜んでいるんですよ。すなわち、犬が三十のコミュニケーション機構をもっているとすると、三十種類全部が同じ喜びに向かっているんです。人間は非常に、画期的にめずらしいんですけど、分裂ぎみなんです。口で「喜んで伺います」なんていっても、手で「やだなァ」っていうかっこうができるんです(笑)。いいことばでいえば、音声伝達がやや独立性をもっているともいえるんだけど。
山下 複雑ですね。
西江 悪いことばでいえば、ややどうかしている。

 人間の表現は動物と異なり分裂気味でややどうかしている(笑) では文字だけ言葉だけに絞った文章によるコミュニケーションだと、受け取る側には分裂していることを見せずに済むけれど、向き合ったコミュニケーションの時に感じる「違和感」 ――― こう言っているけれど、本心からの言葉ではないかも、を感じ取ることは難しい。

■テレビ中毒者(ジャンキィ)の読書学 − 高橋源一郎
 ハード・カヴァーの文芸書が大好きな読書人たちは、『不良少女とよばれて』をみても、ははーん、これが"キッチュ"(まがいもの)と呼ばれる表現なんだなと頭では考えても、疑って見ていることができないだろう。なんだか尻の穴がむずがゆくなって、落ちつかない。かれらが落ちついて楽しむためには、部屋を暗くしたり、どっしりした椅子に腰をおろさなければならない。『スチュワーデス物語』もそうだったし、その前の山口百恵の『赤い』シリーズもみんなそうだったけれど、テレビの前で中毒者(ジャンキィ)たちは実は酔ってはいないのである。中毒者(ジャンキィ)たちは、テレビの画面でおこなわれていることを、映画のように黙って受け入れて見るのではなく、本を読むように、と言うよりは雑誌を、『ブルータス』をあるいは『少年ジャンプ』を読むように、読んでいく。悲劇的なシーンで、思わず笑いだしたくなったり、感動的なシーンであくびをしたりしながら、むこうからやってくる刺激を完全に自分のリズムで吸収してしまうのだ。


■ことばの仮説
◯フィリップ・リーバーマン博士
 「このネアンデルタール人は歯を失ってから少なくとも5年間は生きのびている。この骨から推定されることは、歯を失った弱者にも食べらせるような調理された食物が与えられる共同体が存在したことです。それはことばのない、弱肉強食の動物的共同体では考えられないことです」

◯デズモンド・モリス博士
 「チンパンジーと人間がコミュニケートするのは難しいことではない。挨拶やおどしなど決まった音を出すことで伝達の反応を得ることができる。だが、人間の言語と動物言語の重要な違いは、動物はただムードや感情の"現在"を伝えることしか話せないことだ。過去や未来、目の前にないものについて語ることができるのは人間だけだ。(後略)」

◯野田秀樹 (スタジオでのいのちの電話にまつわるやりとり)
 「鏡=かがみ、左と右をいっしょにするとカ+ミ=神、その間にガ=我(われ)がある。自殺してしまう人って神と我が分裂する、すなわち鏡が割れてしまったことになるのよネ。」



■ことばの図鑑
◯挨拶
「人との出会いがその人を決定するということであれば、出会いにおける挨拶の方法に社会の特質が現れても不思議はない。」
 「挨拶は、人間のコミュニケーションのうち、もっとも基本的で、最も心通じあうものである。頭を深々と垂れる姿には、無条件で心がなごんでしまう。」

◯布告
 テーブルをはさんで「勝負しよう」ということになれば、ポーカーのゲームでさえ緊張する。ましてや、国家同士が向き合って「戦争しよう」ということになると、やはり一大事に違いない。まあ、表現上はともかく、突然「戦争だ」ということにはならないわけで、お互い、そういう状態へと刻一刻と時計の針を進めて、宣戦布告という公式のあいさつのことばを持って向き合うことになるのだろう。

◯おしゃべり
 いま、焚書の命令を出す人はいないでしょうけど、同じように本を灰に、クズにしてしまう方法があります。無力なことばで埋まった書物をあふれさすこと。ことばを押し流す書物の洪水。アレ、おしゃべりしたね。

◯説得
 "因果をふくめる"にも"ツメ腹を切る"にも共通しているのは、本当は強制しているのに、外見はあくまで当人の自発的行為という形におさめてしまうことだ。PERSUATIONにあった"議論などによって相手に強いること"(PODの定義)という明確な対人関係がすべてボヤかされて、みずから納得したという形で争いを避ける方向に事態が進むことである。
 "因果をふくめる"ということばは日本人特有のものであるという。愛のために相手の命を自分の命もろとも断ち切ってしまう男女間の心中も古くから存在した。日本古来の美とか愛とか、信頼とかいうものは、因果をふくむか、ふくまざるかによって判断されたりもする。

◯類似
 生き残るための医学と皆殺しのための戦争、そこに使われることばはなぜかよく似ている。
 まず敵のことを、細菌とかガンとかいう医学的なメタファー(隠喩)によって、ハシにも棒にもかからない悪そのものというイメージをプロパガンダ(宣伝)すること、それが戦争の第1ラウンドである。
 細菌ということばには、それがどんどん人々に感染し広がるというイメージがあることも都合がいい。それを防ぐためには保菌者を隔離しなければならず、そして徹底的に殺菌しなければならない。そうやって細菌を絶滅する行動が始まる。例えばナチス第三帝国が極めて事務的に遂行したような行動が。それは党員たちの献身的な努力により行われた。

 ことばの図鑑、言葉のセレクトが面白いです。また、いろんな文献や作品の引用の量の多さ、発行された時代に当たり前に使われていたのであろうくだけた言葉遣いも、歴史的資料としての価値さえあるような気がしました。(いまは活字でこういう長音記号の使い方は見ませんね!懐かしい!)
 単語ひとつにつき、見開き1頁の文章での説明を、ひとつずつ読み重ねていくことで、言葉の威力、制約や拘束などの限界、いいまわしの妙などの知識を得ながらも、ちょっとずつ「書き手・作り手の方の思考が移植されていく」ような、「頭に新しい回路が作られていく」ような感覚があり、ほんのすこしだけ怖い気もします。

***

 現在読了は、123頁まで。あとがきが244頁なので、だいたい半分まで読んだところ。
 知っている単語や事象なのに、これまで気がつかなかった側面を見せられて、いろいろ考えが広がります。
 待ち時間にちょっと読む、というのがこんなにぴったりな本はそうないです、文庫サイズで復刊したら、地味に読者が増えそうな一冊です。

(リサイクル 投稿日:2016/4/30)

posted by きなり at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読んだ本

2016年04月27日

投稿日付が過去の記事、4件アップしました(4/27)。トップページの表示件数も変更しました。

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4/9に予告をしていた、投稿日付を操作した記事、追加で4件アップしました。

2016年03月16日 NHK「知恵泉・岡本太郎」
http://kinaritapisserie.seesaa.net/article/437259843.html

2016年03月21日 人による読み取りの差異と、食い違いを減らすこと
http://kinaritapisserie.seesaa.net/article/437261255.html

2016年03月23日 一年ぶりに友人と会う
http://kinaritapisserie.seesaa.net/article/437268040.html

2016年03月26日 身体とクルマのメンテナンス
http://kinaritapisserie.seesaa.net/article/437270378.html

 ついでに、トップページの記事表示件数を10件から20件に変更しました。現在の更新の仕方だと、掲載したばかりの記事がすぐに表から消えてしまうのため。

 写真はクリスマスローズ。黄色や黒の花のように見える部分は、がくです。その中のおしべのような部分が、花。名前にクリスマスとついていますが、春先まで楽しめる品種もおおいそうです。

posted by きなり at 23:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | お知らせ

2016年04月24日

投稿日付が過去の記事、4件アップしました(4/24)

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4/9に予告をしていた
、投稿日付を操作した記事、追加で4件アップしました。

2016年03月13日 ふたりの人と会い、運転し続け、洗車してもらって
http://kinaritapisserie.seesaa.net/article/437098495.html

2016年03月15日 本「千鶴さんの脚 高階杞一詩集」
http://kinaritapisserie.seesaa.net/article/437104618.html

2016年03月19日 なんであれ、書きさえすれば、心身ともに軽くなる
http://kinaritapisserie.seesaa.net/article/437115216.html

2016年03月20日 本が読めなくなったことと、うつと、うつの原因について
http://kinaritapisserie.seesaa.net/article/437099251.html


 日を改めて、ふたたび投稿日付を操作した記事を掲載します。あと少しで三月分、終わります。もうすぐ四月が終わりますけど(^^;

posted by きなり at 23:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | お知らせ

2016年04月17日

投稿日付が過去の記事、3件アップしました(4/17)

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4/9に予告をしていた、投稿日付を操作した記事、追加で3件アップしました。

2016年03月04日 本「クートラスの思い出」
http://kinaritapisserie.seesaa.net/article/436781743.html

2016年03月11日 伝えたいと思うことと、伝わるように書けること
http://kinaritapisserie.seesaa.net/article/436782157.html

2016年04月06日 映画「リリイ・シュシュのすべて」
http://kinaritapisserie.seesaa.net/article/436797224.html


 写真は、スーパーで頂いた紅大豆。少し煮てからごはんに入れて炊くと、ごはんがほんのりピンク色の、さくらごはんになりますよ、と言われ、帰宅後すぐに作ってみました。これはおいしいですぞ。

posted by きなり at 23:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | お知らせ

2016年04月12日

投稿日付が過去の記事、4件アップしました(4/12)

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4/9に予告をしていた、投稿日付を操作した記事、追加で4件アップしました。

2016年02月25日 父と二人で
http://kinaritapisserie.seesaa.net/article/436558192.html

2016年02月26日 本「風の琴 ― 二十四の絵の物語」
http://kinaritapisserie.seesaa.net/article/436559620.html

2016年02月28日 柳宗悦と夏の砦とクートラス
http://kinaritapisserie.seesaa.net/article/436560537.html

2016年02月29日 いつも通りの滞り
http://kinaritapisserie.seesaa.net/article/436560923.html


 日を改めて、ふたたび投稿日付を操作した記事を掲載します。
 写真は、3月1日に撮影した雪椿。椿は強いので4月になった今でもこぼれるように咲いています。
 そして、今年は桜が早かったようですね、東京はすでに葉桜ですか。こちらもいつもよりずいぶん早く、すでに満開となりました。でも実は、昨日の早朝、雪が積もったのですよ。すぐに晴れ雪も溶けましたが、正午ごろ、日が翳り強く風が吹き、灰色の空を雪と桜が舞いました。

posted by きなり at 18:31 | Comment(0) | TrackBack(0) | お知らせ

2016年04月10日

投稿日付が過去の記事、3件アップしました(4/10)

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 きのう予告のお知らせを出している、投稿日付を操作した記事、3件アップしました。


 2016年02月14日 本「孔雀の羽の目がみてる」
 http://kinaritapisserie.seesaa.net/article/436447515.html

 2016年02月20日 辻邦生さんの作品についての印象
 http://kinaritapisserie.seesaa.net/article/436457741.html

 2016年02月21日 パリの手記、夏の砦、廻廊にて
 http://kinaritapisserie.seesaa.net/article/436460668.html


 日を改めて、ふたたび投稿日付を操作した記事を掲載します。
 写真は、記事更新にあたり目の前に置いたニンジン。やっと封を切り、今回分の一本を食べることができました。

posted by きなり at 02:05 | Comment(0) | TrackBack(0) | お知らせ

2016年04月09日

元気にしてます。投稿日付を操作して記事掲載します。

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 せっかく再開できたブログなのに、前回の記事掲載からほぼ二か月更新を止めてしまいました。
 「何も手につかない状態だった」というわけではなく、それなりに動けていて、少しずつ本も読んでいます。日々書いていたこともあり、埋もれさせてしまうより見やすい形で残しておきたいのと、書いた日付で投稿した方が記録としてわかりやすいため、投稿日付を操作して記事掲載をしていきます。
 (この記事よりも古い日付で投稿していくので、この記事の下に新しい記事が挟み込まれていきます)

 更新していない時にものぞきに来てくださって、ありがとうございます(^^)/

posted by きなり at 19:12 | Comment(0) | TrackBack(0) | お知らせ

2016年04月06日

映画「リリイ・シュシュのすべて」



amazon → リリイ・シュシュのすべて

 上のリンクのAmazonビデオで見ることのできる予告編は、とてもいいと思った。当時実際に使われたであろう予告編がいくつかネットに上がっていて、そういう中身なのかもしれないけれど、センセーショナルで興味を煽るつくりで、自分が観たものとは違うものだった。
 自分がこの映画を観ようと思ったのは、この予告編に封じ込められた、ぼんやりとした空気、外に向かって自分の内面を静かに露出することと、現実で所在なくひとり立ち尽くすさまを封じ込めた、この空気があったからだ。

*

 リリィ・シュシュのすべてを観た。ただ、最初の一時間だけ。最後まで見る気力が保てなかった。

*

 少年期の純粋さ、もろさ、残酷さ。
 岩井俊二監督の撮る映画に出てくる、主人公を軽蔑し踏みにじる人達の、人間離れした、怪物じみた振舞いを見ていると、苦しくなる。相手にとって私は人間じゃない、という気持ちになる。追い詰められる。

 痛い映画。
 鼻で笑いながらそう言ったなら、けなす言葉になる。たぶんそういう感想を抱く人もいる。
 でも自分は、どこかに置き去りにした未成熟な子どもの部分がせり出してきて痛い痛いと顔をしかめる。息をするだけで傷だらけになる登場人物たちの姿を見ていて辛くなる。

 岩井監督の映画は、「スワロウテイル」、「四月物語」、「ラブレター」などが印象に残っている。「ラブレター」はともかく、「スワロウテイル」と「四月物語」は、好きなわけじゃない。だけど強く印象に残っている。しかも「自分には納得いかない振る舞いをする人」に対する違和感とか、「要素として入れたいんだろうけれど、うすっぺらい、肩書きだけの存在」など、描かれているものに対し「自分はこれを必要としていない」と反発する思いがある。自分はこれを必要としていない、そう思うから、「花とアリス」も見なかった。今回「リップヴァンウィンクルの花嫁」を見てもそう思うし、「リリイ・シュシュのすべて」を見ても同様の思いを持った。
 でも、好きじゃない、必要じゃない、見たくないという思いと同じだけ、「気になる」。どうでもいい、とは思えず、「観てみたい気もするけれど観ない」とか「観たいと思って観たけれど面白くない」とかであって、「どうでもいい」というふうにはならない。

 岩井監督が作る映画の中には、自分が消化できていないなにかが埋まってるんだろう。それでいて、今の自分にそれはもう必要ない、そう思っている。自分にとって割り切れない存在。

*

 「スワロウテイル」という映画と、映画にも出演していたCharaの歌うテーマソング、そしてその当時の自分の姿がリンクしている。季節は少しずれるものの、カーディガンズのカーニヴァルという曲が持つ雰囲気にも似た印象を持っていて、一人で立ち尽くす自分の姿が浮かんでくる。自分からすすんでその曲を聴いていたのではなく、どこにいてもその曲が聴こえてくるくらい繰り返し流れていた。周囲に誰もいないわけじゃない、けれど、スワロウテイルは駅ビルの中、カーニヴァルは山手線内の駅のホームでその曲を聞きながら一人立ち尽くしている、自分を外から見た光景、もちろんそれは想像でしかないのに強く焼き付き曲とリンクしていて、曲を耳にすると立ち尽くす自分の姿が想起されただ呆然と立ち尽くしていた感覚まで蘇る。






 前にテレビで、「尾崎豊の曲の歌詞に『盗んだバイクで走りだす』という表現があるが、尾崎はバイクを盗んだりしていないから、あれは妄想で作った歌だ」という解説をしている人が出ていた。これを聞いた時、本人がそれをしたかどうか、事実かどうかなんて、考えたことなかったな、とだけ思った。歌詞はただ歌詞でしかなく、それがどういうことかを考えたりしたことはなかった。

 「リリイ・シュシュのすべて」では、主人公の少年がひったくりをするシーンがある。友達と沖縄旅行に行きたい、その費用をお金を持っていそうな人から奪い取ろうと主人公の友達連中が画策し、たまたま別な奴らが「自分たちが目を付けた、お金を持っていそうな人」をカツアゲする場面に出くわす。主人公は突然走りだしてカツアゲした人たちの手からお金をひったくり、猛烈なスピードで走り去る。それを見て私は「カツアゲなんてやっぱりよくないと、ひとまずお金をもって逃げ、脅されていた人にお金を返してあげるんだろう」、そう思った。けれど、そのあと画面は沖縄旅行のシーンに切り替わった。えええ、となった。
 彼らはカツアゲしひったくりをしたお金で沖縄旅行に出かけた。お金を掴んで疾走するシーンは爽快感のある画面になっていた、けれど、ものすごく嫌な気持ちになった。そして「盗んだバイク」のことを思った。バイクを盗まれた人は、傷つきやすい少年の心どころではなく、心身共に大きな痛手を負っただろうと。映画とは関係のないそんなことを思い、もう自分は少年たちとは違う地点にいるんだなと思った。

 主人公の切り替わりなどから、ここからが映画のおもしろいところなのだと思ったけれど、まるでホームビデオのような画面、友達とわいわい楽しく沖縄旅行を満喫するシーンに、お金をひったくられ戸惑う青年の映像が重なり、続きを見る気力がなくなってしまった。

*

 amazonの予告編でも流れる、インターネットの掲示板に書きこむ時の、キーボードをタイプする音と、映画の画面に表示される文字列の表現が、とても魅力的だった。リリイ・シュシュのエーテルという表現についても、その後リリイがどんなふうに登場してくるのかも気になる。
 今回は見ることが出来なかったが、機会を見て最後まで見てみたい。

(投稿日:2016/4/17)

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2016年03月31日

言葉を紡げることの幸せ、ということばが浮かびます

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 「言葉を紡げることの幸せ」、カバンに本を入れて整形外科に行き、待ち時間にふせんを貼りつつ読みながら、そんなことを考えていました。
 いろんなものが自分の中でひっかかるのに、きれぎれの断片として漂うばかり。自分の中を通り過ぎさせることも出来ず、澱として自分の中にどんどんと積み上がっていきます。

 はきだすこと、言葉にすることができません。

 「書かねばならない」、自分でそう思っていることがあり、そこに手を付けることができていないことは、自分の中で少しずつ重くなってきています。
 ここをクリアしたら、先に進めるんじゃないかと、いや、これを解決しないことには次に進めない、というふうに考えていて、逆説的に「書かなければ先に進まなくてもいい」と自分を煙に巻いているのではないかとそんなことまで考えます。もう4月になるというのに。
 反応するばかりで言葉にならないこと。前に今と同じようになったとき、思うこと感じることが塊にならず、伝える言葉にできず、ただおろおろしていた、そのときの感覚が、自分の中に呼び戻されてきました。

 * * *

 整形外科のリハビリが終わってから、スーパーへ立ち寄り、おしどりミルクケーキのコーヒー味を買ってきました。
 ブログをひとつ更新できたら一枚食べていい、馬の目の前にぶらさげるニンジンのようにしようかなと、そんなことを考えています。

(リユース 投稿日:2016/4/30)

2016年03月26日

身体とクルマのメンテナンス

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 整形外科に行ってきました。
 一方の肩だけが上がらない、いわゆる四十肩の症状が一年以上続いていました。一年すれば治るという話がよく出るので、自然治癒するのを待っていましたが、未だ痛みがひかないため、一度診察してもらおうとようやっと行動、リハビリもしてきました。
 レントゲンは異常なしで、血液検査の結果は来週出るそうです(異常なしでした)。

 はじめての整形外科。こんなふうにばばばばっと身体のいたるところの按配をチェックされるのは初めての経験です。
 先生が患者さん(私)の身体をチェックし、逐一状況を言葉にする、そしてすぐ横に座っている看護婦さんが、先生の言葉をリアルタイムでパソコンのカルテに入力していく。同時進行で先生自身もタッチペンを用いて所見を画面のカルテに書き込んでいく。だーっと、診察、5分ぐらいだったかな。
 そのあと血液検査とレントゲン。採血がとても上手でまったく痛くない。レントゲンは看護婦さん二人がかりで楽しそうに撮ってくれた。一緒になって笑いながら撮ってもらった。なんだか楽しかったです。

 リハビリは、電気(光)をあてる治療器と、自分で行う可動域を広げる運動、全身運動になるウォーターベッドの三種類。こちらも看護婦さんたちの笑顔がすてきで、ハマる人の多そうな、おもてなしを受けていると感じる時間でした。
 
*

 クルマの定期健診、車検も受けてきました。もう二年になるんだな、早いなあ。整備が終わってから運転したら、エンジン音が変わっていました。とても軽やか。アクセルの踏みごこちもゆるやか。

 身体もクルマも、メンテナンスを受けること、大事です。


(リユース 投稿日:2016/4/27)


2016年03月23日

一年ぶりに友人と会う

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 仲良くしていた友人と、一年以上ぶりに会い、食事をし、散歩をしてきました。
 近くのお店でお昼を食べ、またもや丘の上の公園を散歩(どんだけあの場所が好きなのでしょう、私)。
 二十年来の付き合いのせいか、時間が空いても違和感はなく、「どうでもいい話」を延々としてきました。

 彼女は8年前、ものすごく忙しく働く生活の中、突然体調不良に襲われ入院、入院後いったん落ち着いたものの様態が急変して昏睡状態となり、原因不明のまま一週間意識が戻らなかったことがありました。
 病因が分かってからの処置やリハビリが適切だったことが幸いし、数か月のちに退院、後遺症もなく、いまも昔と変わらず元気に忙しく働く生活に戻っているようです。
 そんな彼女から、仕事の山場を越えたからと食事のお誘いが来たので、出かけたのです。

 話を聞くと、直接ではない知り合いが突然亡くなったそうで、会いたい人には会っておかないと会えなくなってしまうこともある、そんなことを思い、今回連絡してくれたと言っていました。

(リユース 投稿日:2016/4/27)


2016年03月21日

人による読み取りの差異と、食い違いを減らすこと

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 男性女性で、またはそんなふうに括らずとも、人それぞれに見えているものが違う、意識していることが違うせいで、同じ文章から異なる要素を読み取るということが生じるような気がします。そして、このような「読み取る(ことができる)ものの違い」により、「自分は読み取れない」、そしてまた、「自分が必死に封じ込めているのに漏れ出し伝わってしまう」、「声高に叫んでいる(と自分では思っている)のに伝わらない」、そういうことに繋がっていくのだろうなとも思います。

 また、「本人が意図しないことを勝手に裏読みされる≒誤読(?)」ということもあるでしょう。しかしそれも含め、対話のできる土台があり、言葉を交わしながら食い違いを減らしてゆけるのなら、こんなに喜ばしいことはありません。

(リユース 投稿日:2016/4/27)

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